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大阪地方裁判所 平成元年(ヨ)2374号 決定

申請人

大段文男

右代理人弁護士

関戸一考

正木みどり

出田健一

松本七哉

寺田太

被申請人

井谷運輸産業株式会社

右代表者代表取締役

井谷斉

右代理人弁護士

鷹取重信

山崎武徳

主文

一  申請人が被申請人に対し労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

二  被申請人は、申請人に対し、金一八〇万円及び平成二年五月以降本案の第一審判決言渡しに至るまで毎月一五日限り、月額金三〇万円の割合による金員を仮に支払え。

三  申請人のその余の申請は、これを却下する。

四  申請費用は被申請人の負担とする。

理由

第一申請

無期限で平成元年一一月以降月額金五八万七四九六円の仮払いを求めるほか、主文一、二項と同旨

第二事案の概要及び争点

一  争いのない事実

1  被申請人は、小口貨物の運送を目的とする会社であり、申請人は昭和六三年五月二〇日頃から、他の会社から派遣された傭車という形で被申請人会社の仕事をしていたが、その後同年七月二一日頃から直接被申請人会社の仕事をするようになった。

2  申請人は、被申請人会社には、通常の社員である「従業員運転者」と社員より少し給料のいい「償却」という制度との二つがあることを他の従業員等から聞き知り、被申請人会社との契約に際しては、給料のいい「償却」制度を希望し、同年一〇月二一日に加古川コースを前の担当者から引き継ぐ形で担当することになってここに被申請人会社と「償却」制度に基づく正式の契約関係(以下、「本件契約」という。)に入り、以来いわゆる「受け取り」の者として働いてきた。

3  被申請人は申請人に対し、平成元年七月二一日付の「請負契約予告通知」と題する内容証明郵便により、本件契約に一年の期間の定めがあったことを前提として、同年一〇月二〇日をもって本件契約が終了すること、被申請人会社は本件契約の期間更新をしない旨の予告をし、同年一〇月二一日以降申請人の就労を拒否している。

4  申請人は、「受け取り」の者も労働法上の労働者であり、本件契約には期間の定めはないから、本件「請負契約予告通知」は、実質的には解雇の意思表示にあたり、解雇には正当な事由が必要であるところ、本件においてはそのような事由はないから、解雇権の濫用もしくは不当労働行為により無効であると主張して本件仮処分申請に及んだ。

二  争点

1  「本件契約」の実態から、申請人に「労働者性」が認められるか。

2  本件「請負契約予告通知」の性質及び効力。

第三争点に対する判断

(以下の一応認定した事実は、本件疎明資料及び審尋の経過を総合したものであるが、事実認定との結びつきを明確にするため特に個別に掲げた疎明資料もある。)

一  争点1(申請人の「労働者性」)について

1  申請人と被申請人会社との関係

申請人が契約していた「償却」制度とは、被申請人会社が所有し営業免許の許可を受けた車両を、「受け取り」の者が「購入」したという形式(名義は代金完済後も会社のままであるし、現実に「受け取り」の者が当該車両を会社との契約上の仕事に使用することをやめた後に引き取った事例があったとの疎明はない。)をとり、同人に同車を専属的に使用させて運送業務にあたらせ、水揚げ金額に応じた全額歩合制の報酬から車両の購入代金や自動車税その他の経費を差し引いて支給し、自動車の燃料等の運行諸費用、点検・修理等自動車に要する経費等も同人に自己負担させるという概要のものであった。

2  申請人の労働の実態

(一) 申請人の仕事内容は、四トンの貨物自動車で主に塗料・染料・菓子類・薬品等を被申請人会社の指定どおり配達、集荷することで、配達担当地域を会社内の一〇の配送地域のうちの神戸班の加古川コースと指定されていた。

加古川コースは申請人一名のみで担当され、神戸班の他の三名の担当者は全員「従業員運転者」であった。

(二) 申請人の一日は、毎朝五時頃に東大阪市水走所在の被申請人会社大阪営業所に出社し、前夜荷積みをしておいた自己使用車両に乗って出発し、加古川に朝六時三〇分頃到着して午前中に配達を完了し、午後に予め会社から指定された集荷先(安治川倉庫)で集荷し、大阪営業所に五時頃戻り荷物をおろし、翌日配達分の荷物の伝票を渡されて午後八時ないし九時頃までに宵積みを終えてその後帰宅するという毎日であり、これは神戸班の他の三名の「従業員運転者」と比し、申請人が朝少し早い(一番遠い担当地域であるため)点を除きほぼ同一であった。

(三) 作業の指示は「従業員運転者」と同様に配車係又は勝又次長からなされた。作業の段取り自体についての細かい指示はないが、前日の荷物を午前中に配送完了することが求められる仕事の性質上担当地域によって仕事の手順は必然的に定まり、申請人の自由裁量の働く余地はほとんどなく、物理的に不可能な場合を除き諾否の自由もなかった。

右のようなスケジュールのため、申請人が、仕事中もしくは被申請人会社退社後、他から依頼を受けて自己使用車両を運転し運送に従事するなどして被申請人から支給される金員以外の収入を得る余地は全くなかった。

(四) 労働時間につき、「従業員運転者」のようなタイムカードによる管理はなされていないが、毎日の作業日報、タコグラフを会社に提出することを義務づけられ、万一事故を起こせば事故報告書の提出義務を課せられていたであろうことは「従業員運転者」と同様である。

申請人の車両には業務用の無線がなく、「従業員運転者のような集荷完了時の連絡義務は課せられていなかったが連絡の必要な場合は適宜の方法にて必ず会社と連絡を取っていた。

(五) 作業に際しては、「従業員運転者」と同じ会社名入りの制服の着用が義務づけられていた。

また、申請人が「購入した」とされてる車両には会社名入りのカラーリングが施されており、申請人の自由なカラーリングは許されなかった。

(六) 労働日・休日は「従業員運転者」と全く同じであり、申人(ママ)が都合で休む場合は前もって被申請人会社に連絡することで足りた。申請人が会社から代行者の手配を命じられたことはなく、逆に申請人は自己以外の者をもって運送にあたらせることは許されないとの認識をもっていた。

3  申請人の報酬

(一) 会社から「受け取り」の者に支給される金員は、あらかじめ定められた率による配達歩合(直接配達分は売上の四五・五パーセント)と集荷歩合(平成元年七月当時一個当たり二六・三二五円)の二本建ての全額歩合制であり、毎月二〇日締めで決定されるところ、右のなかから、申請人の場合は毎月車両償却費月額四万四四四四円及び利息月額一万三三三三円(車両購入代金一六〇万円の三年間元利均等分割払いとして)をはじめ、自動車税月額一〇〇〇円(平成元年七月当時。一万二〇〇〇円/12)、自動車取得税月額一三三三円(一六〇万円×〇・〇三/36)、自賠責保険料月額八七九六円(平成元年七月当時。一〇万五五五〇円/12)、任意保険料合計一万九六九三円(平成元年七月当時。対人一〇万一三七〇円/12、対物九万三三六〇円/12及び貨物四万一六〇〇円/12の合計)、ホーム使用料(「一般管理費」又は「車庫代」として)月額五万円の基本経費及び振込料を控除した残額が翌月一五日に申請人指定の口座に振込み支払われる仕組みであった。

(二) 申請人が、昭和六三年一二月一五日支給分から平成元年一〇月一五日支給分の一一か月間会社から振込を受けた総額は金六七一万八七一二円である(〈疎明略〉)。

この一一か月間の申請人の自己負担の経費の総額は約二一七万円(燃料費約八八万円、修理・車検費約三〇万円、高速代約六六万円、タイヤ・部品代約一二万円、その他約二一万円の合計)であるから、これを差し引くと結局申請人の右一一か月間の税引前総収入は約四五五万円であり、後記認定のとおり「受け取り」者には賞与・退職金制度等もなく、事故等の危険を負担することをも考慮すると、一般の「従業員運転者」に比して収入的に格段に恵まれていたとは言いがたかった。(もっとも、車両償却費元利合計月額五万七七七七円の控除は三年間で終了するから、四年目からはこの分の増額が「受け取り」のうまみとして見込まれていたことも一応認められる)。

4  「受け取り」の者と「従業員運転者」との差異

本件契約は書面によらない口頭のものであるが、申請人本人も、通常の社員である「従業員運転者」とは異なると認識しており、申請人には「従業員運転者」のようなタイムカードによる管理はなされておらず、報酬の算出システム(「受け取り」の者は「従業員運転者」のような基本給・残業手当その他一部歩合の諸手当・賞与等の支給を受けず、退職金の制度もない。)、支払い時期・方法(当月二〇日締めの分を「従業員運転者」は当月末現金支給。「受け取り」の者は翌月一五日指定口座振込払い)、また企業内の福利厚生面(特に健康保険・厚生年金保険・雇用保険等に「受け取り」の者は加入していない。)でも「従業員運転者」と異なった扱いを受けていたことが一応認められる。

(なお、企業内の組合にも「受け取り」の者は入れないとされ明確に区別された扱いを受けていた。)

しかし、結局のところは「受け取り」の者と「従業員運転者」との主たる相違は報酬の算出システムにあり、ことに「受け取り」の者の側の意識としては、単に自己がその使用車両の償却費・税金・燃料その他の車に関する経費・危険を負担するかわりに全額出来高払いで「従業員運転者」よりも高額の収入が見込めるということに尽きるといえるが、現実には(特に未だ車両償却期間中である場合は)報酬面でも格段の差異はなかったことが一応認められる。

5  申請人の労働者性についての判断

「労働者性」の判断基準は使用者との実質的使用従属関係の有無に求められるところ、以上認定の事実によれば、結局、被申請人会社は申請人を労働時間中拘束してその指揮監督下においており、申請人と被申請人会社との間には実質的な使用従属関係があったと考えるのが相当であり、申請人の労働者性は優に認められる。両者の間には労働契約関係が成立していたものというべきであって、本件契約が被申請人主張のごとき単なる請負契約とはいえない。

二  争点2(本件「請負契約予告通知」の性質及び効力)について

1  本件「請負契約予告通知」及びその前後の経緯

(一) 被申請人会社では「従業員運転者」も「受け取り」者も早朝から午後九時ころまでにわたる長時間労働がなされており、申請人らはこれに対する手当てが不十分であるとの不満を感じていたが、「受け取り」者は従来の被申請人会社の企業内組合には入れなかったため、申請人は申請外佐藤誠らとともに右の件その他待遇の安定と改善を求めて、非公然で新組合の結成・加入を訴えた。

(二) 平成元年六月一一日、申請人らが中心となって「受け取り」の者及び「従業員運転者」計七名で新組合(全日本運輸一般労働組合中央支部井谷運輸産業分会。以下、「分会」ともいう。)を結成し、翌一二日に被申請人会社に結成を通知し、報酬面、労働条件面等での要求事項につき同月一七日午後七時よりの期日で団体交渉を申し入れた。

(三) 申請人は、分会結成時より書記長に就任し、結成通知書に名前を出した分会員のうち分会長(申請外佐藤誠)、書記長(申請人)、会計の三名は「受け取り」の労働契約の者であった。

(四) このような動きの中で岩田大阪営業所長は、「受け取りの者はクビにしてやる。」と発言し、日程調整がつかないと団交申し入れに応じないまま、同月一九日、突然分会長佐藤誠に対し、翌二〇日付をもって同人との契約関係を終了させること、その旨の内容証明郵便を既に同人の自宅宛郵送をしていると告げた。

(五) なお、分会長に対する右「解約告知」後、組合の分会書記長である申請人において、分会長にかわり公然と活動し、分会の中心的役割を果たしていたところ、被申請人会社は申請人に対しても平成元年七月二一日付の「請負契約予告通知」と題する内容証明郵便(〈疎明略〉)をもって、本件契約には一年の期間の定めがあり同年一〇月二〇日をもって終了すること及び被申請人会社は右契約の期間更新をしない旨の予告を行った。

その後もう一名の「受け取り」者の分会員である会計の中村正道及び「従業員運転者」二名は分会を脱退し、その余の二名の「従業員運転者」のみが現在も残された分会員として被申請人会社において働いている。

2  期間の定めの有無とその解釈

(一) 本件契約は前記認定のとおり口頭によるものであり、その際申請人と被申請人会社との間で何らかの期間の定めが合意されたと認めるに足る疎明資料はない。

(二) なお、他の「受け取り」の者で契約書上一年の期間の定めが記載された契約を締結しているものもあるが、同人らについても現実には特段の事情のない限り当然に更新されるとの運用がなされていたことが一応認められるから、仮に申請人が口頭契約の際に他の書面で契約した「受け取り」の者と期間の点でも同一の約定とする合意をしたとしても、本件契約が一年の期間の経過で当然に終了するような契約関係であったと認定するには足りない。

(前認定のとおり「受け取り」者と「従業員運転者」の差異は主として報酬の算出システムにあり、その従事する仕事内容自体は同一で臨時的性格はないこと、また前記認定によれば、「受け取り」制度の主たるうまみとして客観的に考えられるものは車両償却期間経過後の償却額分の支給額の増加分にあり、例えば申請人の「購入」した車代金一六〇万円は償却期間三年の均等分割払とされており、毎月「割賦償却費」として四万四四四四円、「利息」として一万三三三三円の合計額である五万七七七七円を三六か月間報酬から控除された後にようやくこの額分一般の「従業員運転者」よりも高額の収入が見込める予定であったことから考えても、「受け取り」者がその契約締結に際して、車両償却期間さえも経過しない時点で被申請人会社から一方的に契約関係を解消されうることを前提としていたと解することは困難である。)

(三) 結局、被申請人は本件「請負契約予告通知」において本件契約が一年の期間の経過により当然に終了するものであったことを前提としているが、その前提自体認めがたいから、本件契約を終了させる趣旨のもとにされた本件「請負契約予告通知」は、実質的には解雇の意思表示にあたると解され、その効力の判断にあたっては、その実質に鑑み解雇の法理によるべきである。

3  本件「請負契約予告通知」の効力についての判断

(一) 被申請人会社が本件契約を終了させたい理由としてあげるものは、〈1〉申請人が、得意先とのトラブルを惹起することが多かったこと。〈2〉申請人が代行者の準備や依頼なく無責任に運送業務を放棄したこと。の二点である。

〈1〉については、たしかに申請人には加古川コースを担当し始めた当初例えば置きまわり等特別の合意もないのに受領印なしで配送をすませようとしたことや、品物を二階の指定場所まで運ぶことを断ったり、配送時間が早すぎて非常ベルが鳴った、配達日時の指定ミスにつき直接荷主に苦情を言った等得意先からのクレーム、トラブルが相次いだ事実が一応認められる。

また、〈2〉についても、平成元年九月一六日ころから集荷をしない日、仕事を休む日が多かった事実が一応認められる。

(二) しかし、〈1〉のトラブルについては、被申請人会社があげる具体的事例の時期はいずれも昭和六三年一一月から平成元年三月ころまでのものであり、その後も問題が続いたとか、右の事実を理由に申請人が契約を継続してもらえない可能性を意識させる警告等の行為がなされたとの疎明はない。また〈2〉の点もそもそも本件「請負契約予告通知」がなされた七月二一日以前にはそのような事実はなかったし、九月一六日以降に休みがちであったことには腰痛等の理由があり、休むことにつき必ずしも十分でないにしろ一応の連絡は入れたうえでのことであり、そもそも代行者の手配については申請人の契約当時の認識は、代行者をもって運行にあたらせることはむしろ許されないと考えていたことは前記認定のとおりである。

(三) 前示のとおり本件「請負契約予告通知」の効力の判断については解雇の法理によるべきであり、解雇には正当事由が必要であるところ、右(一)(二)で認定された事実によれば被申請人が主張する理由はいずれも解雇の正当事由にはなりえないと考えられるから、本件「請負契約予告通知」は解雇権の濫用として、その余の点について判断するまでもなく無効なものというべきであり、申請人は依然として被申請人会社に対し労働契約上の権利を有する地位にあるものである。

三  保全の必要性

1  仮払いを命ずべき期間について

申請人が被申請人から支給される報酬を唯一の収入源として申請人及びその家族(専業主婦の妻、就学前の二児)の生計を営んできた労働者であることは明らかであり、本件「請負契約予告通知」により平成元年一〇月二一日以降第一審の本案判決の言渡に至るまで被申請人会社の労働者として扱われず、毎月の報酬が受けられないとすれば、その生活に著しい支障を来たし、申請人に回復しがたい損害を生ずるおそれがあるものと考えられる。しかし申請人が第一審の本案判決の言渡時以降に及んで金員の仮払いを求める部分は、申請人が本案の第一審において勝訴すれば仮執行の宣言を得ることによって右と同一の目的を達することができるので右申請部分については必要性を欠く。

2  仮払いを命ずべき額について

申請人が本件契約により支給を受けるべき(平成元年一一月一五日支給予定額三三万一二三八円は現実には支給されていない。)一二か月分の報酬約七〇五万円の平均月額約金五八万七五〇〇円のうち、一か月約一九万七〇〇〇円余が燃料費その他申請人の自己負担の経費に当てられていたことは申請人の自認するところであり、更に申請人が被申請人会社から就労を拒否されて以降不定期とはいえアルバイトによる幾分かの報酬を得てきたこと、他方、被申請人会社が申請人の平成元年一一月一五日支給予定分の報酬を自動車の残代金と相殺したと主張して申請人に対し支払わないことや、申請人が現在借金等の返済に追われていること等本件疎明に現れた一切の事情を総合すれば、金一八〇万円及び平成二年五月以降本案の第一審判決言渡しに至るまで毎月一五日限り、月額金三〇万円の割合による金員をもって現在の危険の回避に必要な仮払い額と認めるのが相当である。

四  結論

以上の次第で、本件仮処分申請は、主文一、二項記載の限度で理由があるから、事案の性質上保証を立てさせないでこれを認容し、その余は理由がなくかつ保証をもって疎明に代えさせることも相当でないからこれを却下し、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 水谷美穂子)

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